た-くんの狂人日記

最近はほぼ読書日記

自己責任という暴力

 えっと、何となくググって書名を知り、図書館取り寄せ、でなかったかなぁ?

  著者(齋藤雅俊|プロフィール|HMV&BOOKS online)が住む山形では、県境検温なんてやったんだってね。


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 「世間」は国家に相当する権力で、明文化されていない暗黙の掟が存在し、裁判とは別の情緒的処罰がまかり通る、とのこと。だからよく「世間をお騒がせして…」という謝罪を耳にするし、その謝罪も「この国で生き延びるための処世術」であり、「日本人が自然に身につける作法」だとか。なんで、この国には法律に基づく論理的懲罰とは別の情緒的懲罰があるんだと…

 wikipedia:上野千鶴子によると、wikipedia:社会的弱者とは

マジョリティの価値観を刷り込まれることによって、自らを自己差別する人 

だという研究があるんだとか。

 しかしまぁ、このwikipedia:責任という奴は考えるとようわからんね。本書の表現では

多くの事象が「行為→結果=責任」という常識的な因果律では説明できないから、

とのこと。そえばこんな本もあったけど(本書でもどっかで参考文献に挙げられてた記憶はある)責任という虚構 - た-くんの狂人日記 誰だったか忘れたが、wikipedia:鵺のようだ、と言ってた人もいるとか。

 ググったらこれになったけど:wikipedia:自助論の「西国立志編」 

 自己責任という言葉は、語る人の立ち位置や時代背景によって七変化する

 

責任の問われ方はそもそも不条理 

 しかし、民事訴訟の件数などのデータですが、20年前の数字を載せてるのはどうなんだろう… ググったところ、この辺:日本弁護士連合会:基礎的な統計情報(2020年)に元データはありそうだが。

 いずれにしろ、この世間の持つ力は強大で、著者は

戦後民主主義は世間を超克しえなかった 

 と考えているそうだ。Google先生に聞いてみても、世間は"the world"と翻訳されちゃうし…(world はやっぱり世界っていう方がしっくりくるよね)。

 で、結論としては、この世間の暴走を防ぐには、

社会を鍛え、成熟させていくしかないように思う 

とのことでした。その前に日本(世界、人類)がまだまだ未熟だ、という認識が必要では?狂人のオメーに言われたかない、ってか?