た-くんの狂人日記

最近はほぼ読書日記

危険社会

 今の世相を考えるヒントになるかな?*1と思い手を出した。ただ500ページ近い書だし難しい*2ので、読み切るのに一週間以上…今は(ほぼ)一日中読書の時間があるのにね…

 元は(西)wikipedia:ドイツの本のようだ。

  訳者あとがきによれば、この「危険」というのは(基本的に)英語で言えばdangerではなくriskなんだそうだ。「危険」を表す “danger” と “risk” の違い | Gaba Style 無料で英語学習

本書のテーマは「以降」*3という何の変哲もない言葉である。これは現代を読むキーワードである。

確かに、個人的にもポスト交通事故が大問題…逆転満塁ホームランはあるのか❓*4

19世紀においては階級秩序のため硬直してしまった農業社会が近代化の過程によって解体された。そこでは、wikipedia:産業社会の構造があらわにされた。これと同様に、今日の近代化によって産業社会の輪郭は不明確なものになる。 

 失業も、多様な不完全就業に置き換わるんだと。

 (記録によれば)19世紀のテムズ川wikipedia:大悪臭)に落ちた人は、おぼれて死ぬのではなく、臭気と有害蒸気によって死んだんだと。

 科学の合理性と社会のwikipedia:合理性は必ずしも一致するものではないらしい。

いまや企業はwikipedia:マスコミに接近することが重要になっている。

 

高度に細分化された分業体制こそ、すべてにかかわる真犯人なのである。

 要するに、あちらを立てればこちらが立たず…ということらしい。

多くの場合、危険は「潜在的副作用*5」という形で現れる

  また、

われわれは、そもそも、逃れられない状況に対して、批判できるだけの距離をとり、その距離を保つことができるものだろうか 

 同感なので、デジタル書き抜きしてみた。

 うーん、これは記憶に薄いなぁ…wikipedia:ボパール化学工場事故 まぁオラが小学~中学の辺りの頃の出来事みたいだけど。当然、当時は新聞はロクに読んでないし…(三面記事と四コママンガぐらい?)

 火事場風、っちゅーのは要するに火の粉のことでっか:東京消防庁<消防マメ知識><消防雑学事典>

 こんなのもありまっか:wikipedia:ピュロスの勝利 まぁ本書の場合「危険の大きすぎる勝利」と訳注もありましたが(だからググらんでも意味は分かる)。

危険社会では客観的にみて「危険が共有されている」ので、 最終的には世界社会というカテゴリーでしか危険情況に対処しえない

これは現在進行中のwikipedia:2019年コロナウイルス感染症による社会・経済的影響にそのまま当てはまるね。一言付け加えたいが、中途半端なことを書くと炎上する可能性があるので、止めとく…代わりに、まだ読んでないけどこの辺の記事にリンク張っとくか:コロナ後の米中対立、中国の外交専門家が語った「近未来予想図」(近藤 大介) | 現代ビジネス | 講談社(1/7) また、「不安の共有」ということもキーワードになるようだ:僕はみんなで新型コロナの不安を共有する社会を選ぶ - 赤木智弘|論座 - 朝日新聞社の言論サイト*6

 無謬の法則は非人間的な法則だそうだ。この辺にリンク張っとくか:無謬性という共同幻想 - 論ずるに値しない。 まぁ確かに、人間過ちを犯すもんだね。オラも(どうもシートベルトし忘れて)バチ当たった(自動車社会という危険社会*7にハマった?)し…

 (本書の内容とは関係ないが)いわゆるスイスチーズはwikipedia:エメンタールチーズっていうのか。

発達を遂げた産業社会は、 自ら生み出した危険を「糧」に成長した。

 これを連想した:wikipedia:クラークの三法則

 wikipedia:en:Günther Andersという人が書いているそうだが、

死んだら要注意! 

 というのは秀逸なwikipedia:ブラックジョークだね…

科学性を厳密にすることで、生命の危険は容認され、さらには助長される 

 だから?適当万歳!\(^o^)/

自然はもはや社会なしでは 捉えられず、社会はもはや自然なしには捉えられない 

  

自然が社会化された場合、自然科学や技術工学は外面的には変化せずにその客観性を保っているものの、数字という仮面をかぶった政治、倫理、経済、司法の一種に変化している 

 「理性的な時に善の主張は最高点に達するのであるが。」*8

社会の危機が個人的なものとしてあらわれ、社会的なものとしては、ただ条件付きで間接的にしか知覚されえなくなる 

  wikipedia:マックス・ヴェーバーと近代、っちゅーのは一つの大きなテーマ?

 また、「大衆が現実を作る」との表現があったんだけど、これはビックデータ時代ではますます現実味を帯びてくるように感じる。

 「google:不平等の個人化*9というキーワードもあった。

 昔('50*10,'60年代)は目標がはっきりしていた(ドイツの場合wikipedia:ドイツ再統一かな?)、というのはその通りだね。日本だけでなくドイツもそうだったんだ。

 (古い体質の会社だと)女性労働者は合理化予備軍として扱われるとか…障害者も同じ?

親という制度は、崩壊して、母親であることと父親であることという対立物になってしまった 

 (日本で言えば)wikipedia:標準世帯という考え方は、そもそも19世紀の産業社会とともに成立した考え方に過ぎないんだと。

貫徹された近代の基本形は、突き詰めて考察するなら 、孤立した個人

 なんだと。

 また、産業社会時代における座業座標の二軸は、家庭と職業労働なんだと。そえば高次脳にも家族が大事、というのはよく言われるが。関係ない?

経済の回復と失業の解消は互いに独立した関係にある 

ググったらお上の文書ヒット:第2節 緩やかな回復基調が続く日本経済 - 内閣府*11

個人の状況が制度に依存し、コントロールされる構造をもっている

 だから「個人化は、もっとも進歩した形の、市場や法や教育等に依存した社会化になっている」んだと。

 wikipedia:ダモクレス*12

 「蘭の科目」って何だろう?ググっても不明…

 今や、学歴によって職業について予測や計算をすることは不可能になったそうだ。オラが持ってるの学歴だけなのに…*13

 本書に出てきた「自己内省的近代化」というキーワードでググると、本書の記事がヒットした:自己内省的近代へ〜『危険社会』 : ブックラバー宣言 理論的には個人化の過程はこの産物なんだそうだが、オラようわからんorz

科学は、危険に対して、その原因でもあり、その本質を明らかにする媒体でもあり、また解決の源でもある 

 wikipedia:チェルノブイリ原子力発電所事故が念頭にあるんでしょうがね。

科学の歴史はそもそも、認識獲得の歴史というより、誤りの歴史 

 wikipedia:基礎研究は「疑念にふける贅沢」だそうだ。

科学者に真理とは何かという質問を行うのは、…聖職者に神とは何かを尋ねることとほとんど同様である 

 また、

伝統が崩壊することによって価値体系が解体される場合にこそ危険は発生するのである 

 

核エネルギーというのは、テクノロジーの発展は「完全無欠」であると想定する危険なゲームである 

 

社会を変える決定はどこかわからないところから無言で匿名で下される 

経済においては、社会を変える決定は投資決定と結びついているそうだが。

 「お天気民主主義」はググっても意味不明…移ろいやすい、ってことかな?

 wikipedia:ユルゲン・ハーバーマスが「新たな見通しの悪さ」ってことを言ってるそうだ。(時期的に?)ググっても何のことかようわからんが。

 google:民主主義的君主制]は矛盾だらけの観念だそうだ。ググると[wikipedia:立憲君主制と言われるけど。

 wikipedia:ソースティン・ヴェブレン*14によると、

経済法則は一定のものでもないし、他から独立したものとして把握されるものでもなく、社会の文化システムと総体的に統合している 

 んだそうだ。ノーベル賞*15があるのにね。

戦後のドイツの発展においては(他の西側工業国家においても同様だが)経済的進歩と技術的進歩と個人の「進歩」とは明らかに相互にかみあっていた。

個人的には、過去形(過去完了形?)であることに注意したい。

科学も結局、正当化の源泉たりえない。 

  ググってもようわからんが、個人的には納得できる話なんで、書き留めておく。腎臓病患者(などの慢性病の患者)の自殺率は健常者より高いんだそうだ。

理解しなくても賛成することが、進歩信仰の前提であり、それ以外は、すべて迷信に過ぎない 

なんで、「進歩」というのは(ある意味)近代の宗教だそうだ。信じるものは救われる?

19世紀の経験を21世紀まで適用しようという再産業化政策の誤りは、産業社会と近代が異なったものであるという事実を認識しなかったことにある 

 

世界が不安定になればなるほど、 (この)「強い指導力」を望む声は大きくなる

 でもそうすると、「過去の亡霊を呼び起こす」。

 近代社会にあってはコントロール中枢は実は存在しないんだそうだ。

 政治には(実は)監視機能、調停機能、論争機能、象徴機能があるんだと。

 さて、こんなところで終わりでしょうか。感想書くのもほぼ丸一日orz

 

*1:と思ったら、大学の先生でも同じことを考える人はいるようで。オラの目の付け所も悪くはないのかな?発狂してるから頭は悪いが…:危険社会下のコロナウイルス対策 | 鈴木康二

*2:Amazonのレビューにも「一つのしかも小さくない弱点は、「『単純かつ明快』とはほど遠い論旨の運びとレトリック」だそうだ…

*3:post

*4:絵文字は使えるのか?→(僕の環境では)使えた。

*5:ググったらこんな文書発見(この文書では「潜在的副作用」と表現されているようだが。):科学的な安全対策への転換をめざして その他、製薬の世界?ではこの語はキーワードみたい。

*6:これまたまだ読んでないが…

*7:ググったらこんな本ヒット:リスク社会の羅針盤! すべては統計にまかせなさい

*8:周知のように、で済ませられたから、元ネタ不明orz

*9:複数のPDFがヒットするので、google記法にした。

*10:(父の言い方を借りれば)wikipedia:アンゲラ・メルケルのおっ母さん((血のつながった)子どもはいないらしいが:女性政治家と赤ちゃん――ウィン・ウィンにはなれないのか - BBCニュース)が生まれた頃か。

*11:もっともこういった分析は、wikipedia:2019年コロナウイルス感染症による社会・経済的影響でその前提が吹き飛んでますがね…

*12:確かにこういう言い回しが多いから読むのが大変、とも言える。

*13:履歴書書いてみても、学歴は収まりきらないほど長いが、職歴はほぼセロ…

*14:トールシュタインと表記されてたから、ググってもヒットせず…英語版からリンクをたどると見つかった。

*15:まぁ正式には「銀行賞」ですがwikipedia:ノーベル経済学賞